2013年7月3日水曜日

発売後の反応④

今回は関連ツイート(でのやりとりも含めて)を少し紹介しよう。







ブログ記事ではこんなのがある。
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「問題意識は高いが、画竜点睛を欠くかも?」 と言う指摘、ある意味当たっている。
そして、著者なりに「福音とは?」どういうものかを提示しています。
(P.210〜216「福音の概略」)
「四つの法則」ならものの数分で説明が足りるところを、
著者のいう「福音」は朗読するだけで10分ぐらいかかるでしょうし、
キリスト教的素養がない中で理解できる人はごくわずかではないでしょうか?
(途中で「「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。
(使徒言行録17:32新共同訳)というのが続出?)
なるほど。
でも(個人伝道の場面では)「四つの法則」の前後にやはり結構な時間を使うと思いますよ。
この本の読後感は、あえて言えば「???」という感じでした。
確信や信仰の喜びを実感する、というのにはほど遠いものがありました。
なぜでしょうか? 正しく福音を認識する、聖書全体を学ぶ、正しい正統信仰を持つ、
教会暦や使徒信条といった信仰の遺産を再評価するなど、
いろいろ書かれてはいますが、
この本において決定的に欠けているのは、聖霊様の御力です。
聖霊様抜きで、著者が主張するような「正しい」福音を語ったとしても、
説得力に欠けるものではないでしょうか?
(途中略)
聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。
(新約聖書コリントの信徒への手紙Ⅰ12:3新共同訳)
そういう意味で、深くて問題意識を提示したものの、聖霊様の働き、という「画竜点睛」を欠いてしまった、というのが、本書の実に惜しいところでした。
大変良いご指摘です。

実は最近北米において福音派も含めて(主流派は大分前から)礼拝出席者数、教会会員数が減少傾向にあることがはっきりしてきたようです。(ダイアナ・バトラー・バスの最近刊
彼女はその退潮傾向から再復興する鍵を「ビリーフ(信じている事柄)」中心の宗教からの脱却にヒントを求めているようです。

問題はただ単に「より正しく福音を語る」だけではないことは明らかだと思います。
しかしマクナイトも、彼の兄貴分のN.T.ライトも、聖霊抜きでは福音は効果を発揮しないことは織り込み済みです。
小嶋の理解では、マクナイトは、ほぼ前提にしていることを抜かしてしまった、と言うことだと思います。
福音の宣言はただ人が語るのではありません。
神のことばとして福音が語られる時(ローマ10:8-10)、聖霊が働くのです。

たとえ「四つの法則」であろうが、稚拙な伝道説教であろうが、イエスがメシアとして、主として提示される時、聖霊は聞く者に働いてその言葉を信仰を持って受け入れるよう促すのです。

そう理解すべきであろうと思います。

では何が異なるのか。
やはり「四つの法則」のような短縮形で福音を提示された人が、その後に福音理解を深めて行くことが大切なのです。
復活後の弟子たちがイエスを通して、聖書全体が約束の成就としてイエスを語っていることを理解する必要があったように。(ルカ福音書24章)

と言う訳で、今回は色々紹介しただけで、十分コメントすることができなかった方々には申し訳ありません。取上げただけの方々にも感謝申し上げます。

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